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2010年10月24日 (日)

読書日記(10/24):梶尾真治「ボクハ・ココニ・イマス 消失刑」

梶尾真治「ボクハ・ココニ・イマス 消失刑」
Photo これはこれまでのカジシン流のリリシズムを期待して読むと、良い意味でも悪い意味でも裏切られる小説である。
物語は非常にシンプルなアイディアのSF。これまでのような「時間」をテーマにしたSFではない。
ある意味古臭いとすら思える20世紀文学のメインテーマ「人間存在の不安」を主軸に置いている。
「他人から認知されない存在としての自分」というモチーフで、かなりアプローチは異なるが、安部公房の「箱男」を思い出してしまった。
物語は、障害事件を起こしてしまった主人公が、懲役刑の一つとして、刑期短縮をバーターに、「消失刑」という実験刑を受け入れることから始まる。
孫悟空の「緊箍児(きんこじ)」のような機能をもつリングを首に掛けさせられ、その輪が作動すると他人の目にはその姿が一切見えなくなるというもの。更に、自分の存在を知らせるようなあらゆる行為に対しては、輪が首を絞めてその邪魔をする。
そして刑期が終了すると自動的に輪が外れるという前提。
そして、何とか孤独に耐えながら刑期を終えようとしたとき、ある事故によって、刑期が終了しても輪が外れなくなってしまうというもの。
さて、このピンチをいかに切り抜けるのか?というアイディア小説かと思って読み進めたが、単純にそうではなかった。
なぜか突然この主人公は超能力に目覚め、テレパシーで、或る女性との交信が可能になってしまう。
大して時間の経緯もエピソードもないまま、なぜか主人公はこの女性に恋をしてしまう。この辺りかなり無理のある展開である。そして、実はその女性が誘拐・監禁されていて、命の危険にさらされているということが、テレパシーの交信によって分かる。
さて、他人とのコミュニケーション手段を一切奪われたこの主人公はいかにしてこの女性を救い出すことが出来るのか。
結局、物語の最後では、この女性を救出したあと、この主人公にも救いが訪れるものと思って読んでいったが、そうはならなかった。
ハッピー・エンドを迎えることは出来るのか、それとも永遠に他者とのコミュニケーションを遮断され、姿も消したままとして生き続けるのか、読者の想像に委ねてしまうというような、何ともスッキリとしない結末なのである。
又、小説の中に出てくるエピソードでも、これまでのカジシン小説ではあまりお目にかかれないような、理不尽で残虐な殺人シーンも登場するなど、これまでの作品とはかなり異なった趣の小説となっている。
読後の涙も今回は無かった。
ん~、難しい。

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